罪深き優しさ







 パチッ、パチッ…。






 薪が小さな音をたてて燃えている。


 その火の前に二人の青年が向かい合うように腰をおろしていた。






 火の明かりに照らす二人の顔は口を開くことなく静かに時間が過ぎていく。






「…先に休ませてもらうぞ」


「…ああ」






 短い会話を交わして、ラーハルトは立ちあがって少し離れた木のところへ歩み寄った。


 背を預けるようにもたれしながら槍を抱きかかえるようにして瞳を閉じた。


 そんな彼に、ヒュンケルは何もいうことはなく、たき火の方に目を向けた。


 何かを思い出すような瞳だった。


 コスモスの色の髪をしたあどけない少女の姿が火の中に浮かんでいた。










「……マァム……」










 小さな、小さな聞き取れないほどの声で彼女の名前を呟いた。










―――ヒュンケル……。










 夜風なのに、わずかに温かい風がヒュンケルの頬にあたり、耳元に彼女の呼ぶ声が聞こえたような気がした。


 周りを見まわすと、風にゆれている木々の葉がこすれる音が小さく響いているだけだった。


 小さくため息を吐いて、再びたき火に向けた。






(彼女がここにいるわけがない……。もう…いないんだ)










―――ヒュンケル……。










 再びマァムの声がヒュンケルの耳に入っていく。


 ヒュンケルははっとして横のほうに振り向き、何かがいると感じて目を凝らした。


 それは音すら出せず、静かにそれはあらわれた。


 腰まで届くであろう黒髪をした白いワンピースの少女がそこにいた。


 ヒュンケルは小さな驚きを隠せなかった。






「少女……?」






 ヒュンケルのもれた呟きに聞こえたのか、目の前にいる少女は優しい笑みを浮かべていた。


 黒髪の少女は小さな手を上げて今現れた場所から後ろのほうへ指をさした。


 黒髪の少女の行動に、ヒュンケルは意味がわからないといった表情を浮かべた。


 その時、ヒュンケルの頭の中に少女の声とは思えないほど穏やかな静かな女性の声が直接響いた。










―――貴方に見せたいものがあるの。










 ヒュンケルは疑問に思ったが、少女からは殺気の気配を感じられず、不思議な感覚を感じさせる。


 どうしようか考えたが、断る理由が自分にはないと気づき、ゆっくりと頷いて立ち上がる。


 ラーハルトに瞳を向けたが、また女性の声が響いた。










―――彼の事は大丈夫よ。行きましょう。










 そういって、少女は来た道を再び戻るように足を踏み出して、ヒュンケルも音をたてずに少女の後を追った。


 草木を分けるように少女の後を追っていくヒュンケルはさっきから疑問に思っていた。


 なぜ、少女がこんなところにいるのか、否、自分を知っているのは何故なのか・・・。


 それに、さっきの少女の声はマァムの声に似ていた。


 導きられるまま、ヒュンケルは少女の後を追いかけていく。










☆ ☆ ☆










 どれくらい歩いたのだろう。


 草木が少なくなり、視界が広がったと思ったら、小さな湖だった。


 こんなところに湖があるとは思わなかったヒュンケル。


 月の光によって、水面が踊るようにキラキラと輝いており、まるで星が湖の中にいるようだった。


 しばし見とれていたが、黒髪の少女に導かれたのを思い出して我に返った。


 ヒュンケルの目の先に、湖のほとりに黒髪の少女がじっと彼のほうを見つめていた。


 黒髪の少女の右手が静かに上げて、湖のほうに指差していた。




(・・・・・・?何かあるのか?)




 内心首をかしげながらも、ヒュンケルはゆっくりと湖のほうへ近づいていき、黒髪の少女の指している先のほうを見つめていると、何かが光っているものがあることに気づいた。




「・・・・・・?」




 目をこらしてみると、小さなものが見えた。


 ヒュンケルは光る物のほうへ右手を伸ばそうとした。


 その時、光るものが突然ゆっくりとだが、浮かび上がってきた。


 びくっと右手が少し引いてしまったが、そのまま動かなかった。


 湖から光るものが出て行き、ヒュンケルの右手の平におさまっていく。


 光の輝きが弱まり、徐々に形になっていく。


 ヒュンケルの瞳が訝しげに手のひらにある物を見つめていた。






 それは、雨の一滴の形をした透明な石だった。


 そう、それはヒュンケルがよく知っているはずの【アバンの証】・・・・。


 ヒュンケルは胸元に収まっているペンダントを取り出してみると、自分の物と同じだった。


 なら、なぜこんなところに【アバンの証】があるのか・・・・。










―――それは、貴方の知っている物とは違う。










 いつの間に近くにいたのだろう、黒髪の少女がヒュンケルの三歩手前の場所に立って、ヒュンケルを見上げている。










―――心の望みし者、求められし者の願いを叶えられる【天の雫】・・・・・。










「天の雫?」








 鸚鵡返しに呟くヒュンケルに、黒髪の少女は小さく頷いた。










―――貴方の、心がここまで呼ばれていたの。










 それは、どういうことなのか・・・・・。










―――いわなくても、貴方はわかっているのでしょう?










 ヒュンケルの心がわかっているようなそぶりを見せる黒髪の少女の言葉を聞いて、ヒュンケルは彼女が心が読めるのかと思い、訊ねた。






「・・・・・・お前は、心が、読めるのか・・・・・?」






 その問いに黒髪の少女は答えなかった。


 いや、答える必要がないのだ。










「・・・・・・・心・・・か」










 小さく呟いて、黒髪の少女の言葉を考えていた。


 いや、考えるまでもなかった。


 わかっているのだ。


 ヒュンケルが求めてやまない愛しい人を・・・・。






「・・・・・・マァム・・・・・・・」






 無意識に彼女の名前を呼ぶと、手のひらに収まっていた【天の雫】が輝き始めた。






「うわっ!?」






 思わず声を出してしまったヒュンケル。


 光の塊が人の形と変えていくのを、ただ黙って眺めているヒュンケル。


 次第にはっきりと姿が現し始めて、ヒュンケルは驚愕の表情を浮かべ、叫んだ。








「―――マァム!?」








 そう、コスモス色の肩より少し下まで伸ばした髪と、空のように澄んだ蒼色の瞳をした少女がそこにいた。








「どうして・・・・」








『・・・・・・ケル・・・・・・』








 口を動かしている少女・マァムの声が漏れていた。








『ヒュンケル・・・・・』








 はっきりと、マァムの声が聞こえたヒュンケルは、思わず手を差し伸べた。


 だが、その手がマァムの身体をすり抜けた。


 その目のあたりをしたヒュンケルは声を出す事すらできなかった。








 『この言葉を聞いているのは、誰かしら・・・・・ヒュンケルかしら・・・。


 もしも、違う人なら、どうか、私の頼みを聞いて欲しいの・・・・』








 そこまで聞いて、ヒュンケルは我に返った。


 マァムの残した伝言なのだろうか。








『銀髪に空のように深い蒼い瞳をした愛しい人・・・ヒュンケルという名前の人に伝えて欲しい・・・・・』








 愛しいという言葉を聞いて、ヒュンケルは黙ってマァムの言葉を聞いていた。








『貴方を残してしまった私を、許して欲しいとは言わない。ただ私がこの命を失ったのは宿命なの。


 きっと、貴方は私がもうどこにもいないのだと、頭の中では思っていても、心までは認めないでしょう。


 でもね、それは貴方の弱い心の表し。貴方は純粋であるがゆえに、貴方を苦しめた、私の罪・・・・・』








 違うんだと、ヒュンケルは叫びたかった。


 だが、叫ぶ事はできなかった。


 マァムのいった事は正しいのだと・・・・。










『あの頃は色々あったけれど、貴方に会えて、私は幸せだったの。


 だって、貴方に出会っていなければ、今の私はいなかった。


 貴方の戦いを通して、私にできることを見つけたきっかけはいつも、貴方だった。


 いつも私の心を守ってくれたのは、貴方だった。


 貴方はそんなことはないというでしょうけれど、私にとっては貴方が全てだったの。


 感謝しきれないほど、貴方に感謝している。


 でも、それ以上に、私は貴方を愛していた。


 いいえ、この世を去っても、私は永遠に貴方を愛しているわ。


 ずっと、貴方を見守っているから、貴方は貴方の思うままに生きて欲しいの。


 後悔のないように・・・・・』








 そこまで聞いて、ヒュンケルは心が熱くなった。


 マァムが最後まで、自分を思ってくれていることを知ったからだ。








『私の望む事はただ一つ・・・・。


 私のことを忘れずに、私以上の人を愛して、そして幸せになってって・・・・・』








「できないよ・・・・。お前以上に、愛する人なんて・・・・・できない・・・・・」








『・・・・でも、貴方の事だから、きっと私だけを想ってくれているかもしれないわね・・・・・


 それって、自惚れかな・・・・。


 あぁ、これは彼に言わないでおいてね』








「もう、遅いよ・・・・」








『これでおしまい。どうか、この伝言を、ヒュンケルに伝えるよう、お願い・・・・・』








 マァムの伝言が途切れると同時に、マァムの姿が薄れていく。


 とめる事すら、できなかった。


 マァムの姿が消えてから、ヒュンケルはひざを折って、両手で顔を覆っていた。










 しばしの時が流れたのだろう・・・・・。










 落ち着いてから気がつくと、右手にあったはずの【天の雫】がなくなっていた。


 その役目を終えたのだろう、不思議と、ヒュンケルにあわてるそぶりは見えなかった。


 そして、ヒュンケルは黒髪の少女のいる方向に振り向くが、何処にもいなかった。


 まるで、初めから誰もいなかったかのように・・・・・。


 ゆっくりと立ち上がり、湖のほうを眺めて、心の中で思った。








(マァム、お前はひどいやつだ。


 お前の優しさが、残酷なほど、俺の心にしみこませる。


 お前にとって、俺が全てであるように、俺も、お前が全てだ。


 そんな俺に、お前以外の女を愛する事など、できない。


 永遠にお前だけを想い続ける。


 ・・・・・・だが、お前の死は認めよう。


 俺にとって幸せとはなんなのか、まだわかっていないが、それを見つけるために、俺はずっと旅を続けよう。


 だから・・・・見守ってくれ)








 決意した瞳を浮かべ、湖から星空へと見上げる。




 その時、一つの流れ星が現れては消えていった・・・・・・。










 踵をかえして、まだ眠っているであろう、相棒のところへと戻っていくヒュンケル。








 ヒュンケルの行く末を、星空は静かに照らし続けている・・・・・・。












Fin...






後書き(反転)
H17.5.1up


 題名通りとは・・・・・いえない・・・・??
 残酷なほど、優しすぎるマァムの言葉・・・のつもりだが、意味が違う・・・・??
 勉強が必要かな。
 まぁ、そんなもんかな。


 さてと、この物語は、読んでわかるとおり、マァム、死んでます・・・・(泣)
 マァムを失ったヒュンケルは空虚のような状態って感じで、マァムに会いたい気持ちが膨らんで、 その想いが、黒髪の少女に届いたのでしょう。
 黒髪の少女が誰なのか、何故マァムが死んだのかは、読者の想像にお任せします。
 うかつにくずれてしまうかもしれないんで・・・・・


 では、最後まで読んで下さってありがとうございます。
 ご意見・ご指摘を下さると嬉しいです。


 また次の話であいましょう!!




麓樹




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