ペンダント
ボブス山に入ってから三時間ほど過ぎた頃…
結界の場所が見つかった。
日が暮れはじめているし、細い山道の暗い中で動くのは危険行為だということで、一晩休むことになった。
リディア以外の三人は向かい合って起きている。
ローザはセシルのほうを見ていた。セシルはいつも素顔を隠している……、何故……?
苦しんでいるからなの…?
そういうローザの複雑な心境をギルバートは敏感に感じてはいたが、何もいわない。それは二人の問題なのだと、そう思った。
そう……。セシルは、今だに兜を外そうとしない。最低限は外しているが、あまりというかほとんど素顔を晒すことをしない。
ふと、リディアの気配に気づいてセシルが振り向く。
「どうした?眠れないのか?」
静かな優しい声だ。
リディアはゆっくりと起きあがって、セシルのそばまで近づいて座り、ごそごそと懐にある物を取り出してセシルに差し出した。
手の中には小さなペンダント。
それは、リディアの心のかけらではないかと思うほど清純にキラキラと輝いていた。セシルはそれに見覚えがあった。
「僕に?」
セシルが訊くと、リディアは頷いた。
「本当は、もっと早く渡そうと思ったんだけど、セシル兄ちゃん、ひどく辛そうだったから渡せなかったの。これ、光のかけらなの。セシル兄ちゃんの心を少しでも安らげるようにって…」
その言葉に、セシルはかすかに驚きの瞳を浮かべてリディアの名を呟いた。
「リディア…」
(君がそんなことをいうべきではないのに…。君の母を殺した僕を心配することはないのに…)
セシルの心境を読み取ったのか、リディアが首を振って微笑んでみせた。
「あたし、セシル兄ちゃんを信じてるから。だから…」
―――自分を責めないで……。
リディアの言葉がそういったような気がした。
セシルはリディアにしか聞こえない声で小さく呟いた。
「ありがとう……」
「あたしがつけてあげるよ」
セシルの背に回って、ペンダントをつけるリディア。
改めて向かい合うと、リディアは嬉しそうに笑って言った。
「うん。やっぱり似合うね」
「そうか?君がそういうなら、僕も嬉しいよ。……大切にする」
リディアには、嬉しそうな表情を浮かべているセシルの素顔が見えたような気がした。
そんな二人のやりとりに、ローザはかすかに嫉妬を感じていた。
「ああ、そうだ……。僕からも……」
「え、いいよ。気にしないで。あたしがそうしたかったからしただけだし……」
「そう言われるとな。でも僕もしたいからさせてもらうよ」
そういいながら、左手の小手と黒い手袋を外した。
薬指にはプラチナのリング。
セシルは皮袋のひもをはずし、そのリングを通して即席のペンダントを作った。
そして、さっきのお返しだよとリディアの首に掛けた。
「セシル、それ……」
ローザの声だ。
リディアはきょとんとした顔でローザを見た。セシルもローザの方を振り向いて、鋭い視線を送った。
『何もいうな』と……。
セシルの鋭い視線に押され、ローザは何も言えなかった。
そのリングは、セシルにとって大切な物だということを……。
「……これが危ないものからリディアを守ってくれるよ。このペンダントをくれたように、僕はこれを大切にするし、リディアもそれを大切にしてくれ。リディアはまだ幼いけど、リディアにとって大切な存在が見つかるまで僕が守るよ」
リディアはセシルの言葉を一つ一つ忘れないよう身体に染み込ませるように、頷いた。
「うん!ありがとう!あたし、大切にするよ!あたしもセシル兄ちゃん守るからね!」
セシルは苦笑していた。
ポンポン。
微笑んで、セシルの手がリディアの頭に初めて触れた。
今まで、ローザとギルバートと違って、セシルだけはリディアに触れようとしなかった。
だが、今夜の事で少しセシルの心の重圧が軽くなったのかもしれない。
「さあ、もう寝るんだ。明日は早いからね」
「あ、うん……」
かすかに名残惜しそうな表情のリディアに気がついて、セシルはローザとギルバートに声をかけた。
「先に寝るよ」
「ああ、お休み」
「ええ……お休み」
二人にお休みの言葉を交わして、セシルは普段寝るときでさえ外そうとしない兜に手をかけた。
その様子に、ギルバートとローザは驚きを隠せなかった。
リディアも・・・。
リディア向きだったので、ギルバートとローザにはセシルの顔が見えなかった。
セシルの腕をリディアが枕にして、寄り添うように横になった。
この様子を見れば、親子か、兄妹に見えるだろう……。だが、他人からどう見えるか、そんな事は二人にはどうでもよかった。
ただ、命にかえても守りたい・・。その気持ちは同じだった。
しばらくすると目を閉じたリディアから、彼女らしい可愛い寝息が聞こえた。
そんな彼女を優しそうに見つめてセシルもすぐに眠りに落ちた。
遠目に二人を優しそうに眺めるギルバートはローザにチラッと視線を向けた。ローザが複雑な表情をしていることに気づいたが、あえてギルバートは何も言わずにハーブを静かに弾きはじめた。
静かな心の落ち着くようなメロディーだった。
ローザはその音楽に耳を寄せていた。
彼らにとって、この一時を安らかに過ごせるように……。ギルバートの祈るような暖かい旋律が辺りを包み込んでいった……。
--- END ---
-----あとがき-----
いかがでしたか?
セシルとリディアのほのぼのな物語です。
自分でもくさいなぁって思うぐらいのものを作ってみたかったんです。
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H15.3.21 麓樹
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