第壱章 平和の終焉


第参話 ヒュンケル













「ヒュンケル、飯の時間じゃぞ!」




 灰色の不精髭がトレードマークな感じの男が屋根の修理をしているであろう、銀髪の青年・ヒュンケルが手を軽く上げた。




 下に落とさないように道具を片付けて、そのまま立ち上がり、はしごを使わずに屋根から飛び降りて大きな音を出すことなく、軽く着陸した。




 呼ばれた男のところへ近づいて、傍らにある切り株に腰を下ろした。




 目の前には色々なおかずが並べている弁当が置かれていた。






「しかし、この様子だと、明日までには終わらせる事ができるな」






 もぐもぐと食べているヒュンケルに男が口を開き、屋根のほうを振り仰いだ。




 屋根の上にはヒュンケルが残したであろう、道具の一部や、材料がいくつか置かれていた。






「・・・・・・そうだな・・・・」






 口の中のものを飲み込んでから答えるヒュンケルに、無精髭の男は何かを思い出したかのように口を開いた。




「おかみさんの体の調子はどうだ?たしか、もうすぐなんだろう?」




「あぁ。次の月末予定だ」




「しっかし、ヒュンケルもすみにおけないなぁ。あんな綺麗なお姉さんが、おかみさんとはな」




「・・・・・・」




「ま、大切にしてやりなよ。こんな平和な時代だからこそ、未来に子ありだからな」




「・・・・・・」




「ん?どうした?」




「・・・・・いや・・・・・・」






 無精髭の男がきょとんとした表情を浮かべて、ヒュンケルの顔を覗き込もうとしたが、その視線を逃れるように、顔をそらした。




 いいたくないのだろうか、追求する様子が無精髭の男には感じられないとわかると、ヒュンケルは彼に気づかれないように、そっと小さなため息をついた。








(・・・ヒュンケル、それでいいの?)






(お前がそんなやつじゃないって、俺はわかっている。・・・・・・ついでに探してやるよ。俺もあいつを気に入っているからな。その時は、ケリつけてこいよ)








 今はいない親友の声が、ヒュンケルの頭の中にリフレイした。






 無精髭の男の話を時々相槌をいれながら、聞いているヒュンケル。




 あまり話すことが苦手であるヒュンケルに、おしゃべり好きな無精髭の男にとってはいい相手だと思っているようだ。


 逆に、ヒュンケルにとっては、彼に対してはある意味、付き合いの良い人である。






 食事を終えたヒュンケルたちは再び作業に取り掛かっていく。




 時折言葉を交わしながら屋根の作業に取り掛かるヒュンケルと家の周りを作業している無精髭の男の姿が夕方までみられた。










◆ ◇ ◆ ◇ ◆










 仕事を終え、一袋を肩に担ぎながら帰途の道を歩いているヒュンケル。


 月光をあびている木々が道沿いに並んでおり、風もなく音すらも無い静かな空間で違和感を感じたヒュンケルは、足を止めて左側の木々の奥のほうに、目線を向けた。


 無意識に、背中に背負っている刀の柄に手をかける。








 ――――――なにかが、いる・・・・・・。








 いつの間にか、顔にうっすらと冷や汗が出ていた。


 どれくらいの時がたったのだろうか。


 こんなにも時間が長く感じるのは、久しい。






 ごくっ






 なにかが飲み込む音が聞こえた。








 その時、だった――――――。








 青白い光球が、凄まじい勢いでヒュンケルに向けられた。


 刀を抜かれ、覇気をこめてその光球を受け止めたが、圧されていく。


 堪えようとしても、桁違いの力に圧倒されるヒュンケルは、体の向きを変え、刀を横になぎ払うように光球を別の方向に流した。


 目標を失った光球はあらぬ方向へ向かい、そのまま爆発した。


 爆風が起こり、ヒュンケルの身に降りかかった。


 光球が爆発した方に振り向きせずに、再び視線を向けた。


 いつの間に現れたのだろうか。


 人が立っていた。


 いや、人ではない。あえていうなら、獣人・・・・。


 獅子のようにふわふわとしたこげ茶色と金色の混ざった髪をした獣人だ。


 だが、獅子というよりも、虎の顔だ。黒い稲妻の模様が顔にいくつか描かれており、黄金色に深い闇色の瞳を持っている。


 鎧を身につけておらず、かわりに獣の毛皮で身に纏っており、片手には凄まじいばかりの斧を肩に担ぎ、ヒュンケルを見下すような表情を浮かべていた。


 ヒュンケルは思った。






(こいつ・・・・強い!?多分、ラーハルトよりも・・・・いや、ヒムよりも・・・・か)






 そんな事を思っているのを知ってか知らずか、獣人はゆっくりと肩に担いでいた斧を下ろして、そのままヒュンケルに襲いかかった。


 目にもとまらない速さで、ヒュンケルに斧を振りかざした。


 紙一重でかわすと、斧が地に食い込み、割れた地の塊が吹き飛ばされた。


 その衝撃に、ヒュンケルの体がわずかながら受けてしまい、体がよろけてしまった。


 何故、自分が襲わなければならないのか、あれこれ考えてもわからない。


 ただわかることは、獣人がヒュンケルを殺そうとしている事だけは確実だ。


 獣人は声を出す事はなく、次の攻撃に備え、再び切りかかる。


 その攻撃の流れを受け止めずに、その流れにそって刀が斧の刃の後へと擦るように懐へ飛び込んでいく。


 ヒュンケルの攻撃の意味がわかったかのように、獣人の握っていた両手の片手が肘を立てて刀の刃を受け止めた。






 ガキィッ!






 受け止めた事に、ヒュンケルは驚異を隠し切れなかった。


 否、自らの刀を受け止める防具はすでにないのだと思っていたからだ。


 その時の一瞬の隙を見逃すほど甘い獣人ではなかった。


 受け止めた肘の拳を広げ、ヒュンケルの顔に向けて蒼白い光球が生まれ、気づいた時には遅かった。




「しまっ・・・・・」




 最後の言葉を発することなく、光球が発せられ、後へと吹き飛ばされてしまったヒュンケル。


 いくつかの木々にあたり、背中にかなりの衝撃を感じ、口元から血があふれ出した。




「がはっ・・・!!」




 尻もちをしたヒュンケルは一瞬息ができないほどむせていた。




「へぇ・・・・見事だな。とっさに刀で受け止めるなんてよ」




 この時になって、初めて獣人が口を開いた。


 馬鹿にした風でもない、心底感心した声だった。


 ゆっくりとヒュンケルに近づく獣人に、ヒュンケルは衝撃のため、すぐには動けなかった。


 一歩手前まで足を止めた獣人はヒュンケルを見下ろして斧の先を鼻の寸前のところまで突き出した。


 ヒュンケルは獣人を睨んでいた。


 その目を、獣人は不敵な笑みを浮かべて口を開いた。




「これが、かつて不死騎団長のなれの果てか・・・・」






 ぴくっ・・・






 まさか、自らの過去を知っている者がいるとは思ってもいなかった。


 ヒュンケルの驚異の表情をよそに、獣人は続けた。




「で、倒す事すら困難であったミストバーンを倒したおめぇがどんな強さかと思って、試してみたが・・・・。まだ、回復すらしていないようだな」




 確かに、自分自身はまだ回復すらしていない。否、かつての戦士だった自分に戻る事すらできないのだ。それほどまでに、自分自身の体はぼろぼろだった。


 ある人の手によって救ってくれたが、元の肉体には戻れないといわれていた。自分自身の戦いはすでに終わっていた。それでいいと思った。


 だが・・・・時折、自分が元の肉体に戻りたいという気持ちは少なからずあるのは無理もないだろう。だから、常に少しずつ肉体を鍛え続けているのだが・・・・・・。


 そこまで見抜いているのを知ってて、何故このようなことをするのかを疑問に思った。




「貴様・・・・何者だ」




 ヒュンケルの問いに、獣人は思い出したのか、斧を肩に担いだ。




「あぁ、俺の名は・・・・・ガルクだ」




 さっきまでの殺気が嘘のように消え、次の言葉には驚かされた。




「おめぇの体を完全に回復させてやろうか?」




(・・・・・・何を、言い出すんだ・・・・?こいつは・・・・?)




 混乱になるヒュンケルに、ガルクは斧を地に突き刺して、目線を合わせるようにしゃがんだ。




「いずれ、この世界には戦いが起こる。大魔王なんかよりももっととんでもねぇ奴が、この世界を滅ぼそうとしている動きが、俺たちに伝わってきた。現に・・・・ついさっきのことだが、なんだったかな・・・・そう、ロモス国だったか・・・が、堕ちたぞ」




 衝撃の言葉だった。




「なん・・・だと・・・?」




 痛みを忘れるほど、愕然とした表情を浮かべるヒュンケルに、ガルクは頭を掻いた。




「信じるか信じないかはおめぇで決めろ。いや、まもなく世界にその情報が知れわたっているかもな」




 信じられなかった。あの、ロモス国が・・・・・・。




 だが、なぜそんなことを、ガルクが知っているのか・・・。




「・・・なぜ、貴様がその事を知っている?」


「あぁ、見たからな。言っておくが、最初からじゃねぇよ。すでに堕ちた後だったからな」




 半信半疑だが、ガルクには嘘を言っているようでもなかった。


 ひとまず、信じるとした。


 ただ、その答えにヒュンケルは手出しをしなかった事に怒りを覚えたが、冷静になればガルクは人間ではなく、獣族だといっていた。なら、人間がそれを敵だと誤解される可能性は低くない。


 そう考えれば、どうしようもない。


 考える事をやめて、もうひとつの疑問をたずねた。




「俺の体を完全回復するかと聞かれたな」


「あぁ」


「どうやって回復させるというんだ?賢者の回復呪文でさえ出来なかったことを」


「そりゃあ、この世界ならできねぇな」




 当然といったばかりにあっさりと答えるガルク。




「俺の世界でなら、できることも可能だ。ただし、そう簡単にうまくいくとは限らねぇよ」


「どういうことだ」


「おめぇの力次第で、運がよければ1ヵ月はかかるぜ。悪ければ、半年か1年以上はかかる事だってあるぜ」




 最低1ヵ月、悪ければ半年か1年以上かかるといわれたとなっては、すぐに答えを出す事はできなかった。




「急ぐ事はねぇよ。少なくとも、奴の目的は今はいわねぇが、すぐにこの世界を滅ぼそうとするのではなく、時間をかけて恐怖を植え付けて滅ぼそうとするタイプだぜ。もっとも、今は完全に目覚めきっていないし、どこにいるかはわからねぇ。奴の部下を放つだろうが、雑魚でしかねぇ。この世界にいるやつらにはまだ戦力は残っている。時間の問題だな」




 話は済んだとばかりに、ガルクが立ち上がり、懐から小さな袋を取り出してヒュンケルに投げて、それを受け止めるヒュンケル。




「薬草だ。それを使って治せよ。俺はちょっくら野暮用がある。帰るのは三日後の月が昇った頃だ。返事はその時だ。もち、場所はここだぜ。そのほうがわかりやすいだろ」




 たしかに、いたるところ惨く荒れている。元に戻るにはあまりにも時間がかかりすぎるだろう。




「じゃぁな、いい返事待ってるぜ」




 そういい残して、ガルクの周りに風が起こり、包まれるように姿を覆いつくして消えていった。


 その消え方に一瞬唖然とするが、気を取り直してガルクからもらった薬草を食べて、ひととおり回復を待った。


 そのままの姿勢で、ヒュンケルはガルクの誘いをしばらく考えていた。
















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後書き・・・(反転)
H17.3.21up




ふぅ・・・。
ヒュンケル登場です。
ヒュンケルのおかみさんは誰なのか、想像してみてください。(え?しなくてもわかるって?)
案外、外れる人はいないかもしれんし、いるかもしれないですね。
まぁ、話の中で、多分気づいているでしょうけど、あえて言いません。


ヒュンケルはおかみさんに対して愛情は持っていないんですよ。
おかみさんには悪いけれど、ね・・・・。
けっして嫌いなわけないんですよ。ただ、物語としてはこういうのをきめているんで・・・。(^_^;)ヾ


そうそう、またもやオリキャラが出ました。
予定よりも案外早く出てしまって、ちょっと物語を作るのに・・・・
無茶がきてしまったかな・・・?

まぁ、なんとかなるさっ!


最後まで読んで下さってありがとうございます。

では、次の話で逢いましょう。