第壱部 第弐話

第壱部

―第弐話―




「・・・・ちゃん、・・・兄ちゃん・・・・・」



 ・・・・・・だれだ・・・・僕を呼ぶのは・・・・・・

 いや、僕はその声を知っている・・・・・・。

 僕が守ると約束した少女・・・・・・。



「リディア!」


 叫ぶと同時に上半身を起こした。


「きゃっ」


 突然起き上がったせいでびっくりしたのだろう、小さな悲鳴が近く聞こえた。

セシルは起き上がった拍子に、頭と背中に激しい痛みを感じたが、表に出すことはなかった。

 最初に瞳に映ったのは、涙をうっすらと浮かべるリディアの顔だった。


「リディア・・・?」


 小さくつぶやくと、ふと、周りを見回せば、さっきまで二人が乗っていた飛行機は無事な姿ではなく、無残な姿で残されていた。

 その姿を見て、何が起こったのか思い出した。



・・・・・・そうか・・・あの時、コカトリスの群れに遭遇して・・・



 『赤い翼』の捨て身の攻撃で、『青い翼』と共に爆発に消えてしまった後、タイミングが悪かったのか、コカトリスの群れに遭遇してしまったのだ。

 だが、その時はわずかながらも武器が残っていてもコカトリスの群れを撃退できるはずもなく、おまけに燃料もあまりなかった。

 剣で交わりながらも飛行機を操縦し、その後どうなったのか、覚えていなかった。

 おそらく不時着して二人とも身を投げ出され、リディアをかばうように地上に衝突する衝撃を自らの体で受け、頭を強く打ったのだろう。

 兜を覆っているものの、セシルの表情は見えない。

 名前を呼ばれてから何も言わないセシルに心配と不安を感じたのか、リディアが声をかけた。


「セシル兄ちゃん、大丈夫?」


 リディアの心配そうな声に、我に返ったセシルはリディアのほうに見下ろして答えた。


「ああ、あちこち痛みを感じるけど、大丈夫だよ。リディアは怪我ないか?」

「うん。セシル兄ちゃんがかばってくれたから・・・」


 自分の事よりも他人を心配する癖をもつセシルに、リディアは幼いながらも怒りの色が少々浮かんでいた。

 リディアが怒っていることに気づいたセシルは首をわずかに傾げたが、何も言わなかった。

 リディアを解放して、二人そろって立ち上がり、周りを見回した。

 北西の方向に山がいくつか見え、ここがどこなのか、自分が覚えている知識を呼び起こした結果、ファブール国の南の平地だとわかった。

 ファブール国か・・・・。としたら、バロン国は必ずファブール城を攻めるだろう。少なくとも、飛空挺でくるのは時間の問題だろう。

 なぜなら、さっきまで、『赤い翼』と『青い翼』の戦いを交わったのだから・・・。


「リディア、ファブール城へ向かうよ」

「ファブール・・・確か、モンク僧の国だよね?」

「ああ。そこに行って、いつでも戦闘配備できるよう言付けしておかないと、取り返しのつかないことになってしまうからね」

「うん」


 そうと決まれば、二人はファブール城のほうへ足を踏み出した。



◆ ◆ ◆



 ファブール城門に、三人のモンク僧が立っていた。

 三つ編みに一つまとめた頭の、精悍な面立ちの男がじっとこちらに向かってくる二人を見据えていた。

 セシルたちは三人の前まで歩みを進んで、立ち止まった。


「バロン国の暗黒騎士殿か・・・。拙者はファブールのモンク僧長を務めている者、ヤンと申す」


 礼儀をわきまえる男に、セシルは兜に手をかけてはずした。

 月のように輝く銀色の髪と瞳をした青年の素顔が姿を現した。

 ヤンの後ろにいた二人は息を呑んでいた。ヤンは驚きとも懐かしさとも言える表情を浮かべた。


「セシル・ハーヴィ。かつて『赤い翼』を務めていた者です。この子は・・・リディア」

「リディアです。よろしく」


 可愛く微笑んで頭を下げるリディアに、ヤンは表情を崩した。

 が、それも一瞬のことだった。


「セシル殿、何か起こったのか?」

「ヤン、無理を承知でお願いしたい。ファブール国王に謁見を望みたい。バロンの・・・いや、世界に関わることだ」


 真剣な表情を浮かべるセシルを見たヤンは考えるそぶりを見せたが、小さくうなずいた。


「承知した」

「僧長!いいのですか!?」

「大丈夫だ。セシル殿は信頼のおける者だ」


 ヤンの言葉に二人の僧兵は口をつぐんで、あっさりと引き下がった。


「では、我が王の所まで案内しよう。拙者についてくだされ」

「すまない」


 色々な意味で込められた言葉だろう。ヤンはふっと柔らかく笑みを浮かべて先へ進んでいく。その後を、セシルとリディアは黙ってついていった。



◆ ◆ ◆



 赤い文様の記された扉開けながらヤンが声をかけた。


「王、失礼いたす」


 真正面に赤い絨毯が王座のところまで続いており、傍らには大臣が立っていた。
 ヤンたちはゆっくりと近づき、三メートルほど離れたところで立ち止まった。


「ヤン。どうしたのじゃ。・・・?そちらは?」


 ヤンの後右に立つセシルとリディアに気づいて、いぶかしげな瞳を向けた。


「お初にお目にかかります。僕はバロン国、赤い翼を率いていた者・セシル・ハーヴィと申します。そして、この子はリディア。突然の訪問で申し訳ありません」


 礼儀正しく会釈するセシルとリディアに、ファブール王はそのまま受け止めた。


「よい。突然の訪問については水に流すとしよう。改めて名乗ろう。余がこの国を治める者・ファブール王じゃ。そなたのことは以前、ヤンに聞いておる。回りくどい話はなしじゃ。そなたの話を聞こう」


 ヤンに聞いたということは、一体何を話したのか、セシルはチラッとヤンのほうを振り向いた。
 そんなセシルに、ヤンは肩をすくめて見せた。
 そのしぐさに、セシルは何もいえずに、ヤンからファブール王のほうへ視線を戻して口を開いた。


「バロン王はクリスタルを集めようとしています。何が目的なのか、はっきりとはわかりませんが、世界に災いを起こそうとしていることは間違いないと思っております」

「なんと・・・!」


 ヤンだった。


「うわさでは聞いたことがあるが、やはり本当じゃったか・・・」


 静かにつぶやくファブール王。


「今、最初にミシディアのクリスタル、ダムシアンのクリスタルは既にバロンの手に落ちました。次は・・・」

「我が国の風のクリスタルか・・・」


 セシルの次の言葉を、ファブール王が繋いだ。
 ファブール王の言葉に頷くセシル。


「はい。そして、最後にトロイアの水のクリスタル・・・。なんとしても防げなければなりません。まもなく、バロン国の軍隊が風のクリスタルを奪いにやってくるでしょう。そうなる前に戦闘準備を!!」


 ファブール王は深くため息をつき、王座に背もたれしてしばらく思考にふけると、セシルに声をかけた。


「・・・・・セシル殿、その前に聞きたいことがある」


「そなたの話はわかったが、どうにも気になることがある。そなたはバロン国の暗黒騎士でありながら、なぜバロンを裏切る必要があるのじゃ?」

「王!?」

「ヤン、口出し無用じゃ。我はそなたに訊いておるのだ。答えよ」


 有無を言わせない強い口調に、ヤンは引き下がるを得なかった。
 セシルはファブール王の厳しい瞳を受け止め、言葉を選ぶかのように答えた。

「・・・確かにバロン国の暗黒騎士がバロン国を裏切ることはありえないことかもしれません。ですが、一ヵ月前のあの事件までは・・・・・」


 ギュッとセシルの手を繋ぐリディアに、セシルは優しく苦しそうに微笑んで見せた。
 リディアは小さく頷いた。


「・・・そのきっかけを与えてくれたのは・・・・この子・・・リディアです」


 セシルからリディアに視線を走らせ、じっと見つめていた。
 森の妖精のような緑色の髪と葡萄色の瞳をした可愛らしい少女だ。


「バロン国とダムシアン国の間にある辺境の村ミストの生き残りです。そして、召喚士の末裔です」

「ミスト・・・召喚士の村か。まだ、存在しておられたのか・・・」


「バロン王の命で、僕の運んできたボムの指輪によって、ミストの村を焼き滅ぼしました」


 ヤンは驚きを隠せなかったが、ファブール王は黙って聞いていた。


「その時、初めて知ったんです。僕にミストの村を焼き滅ぼすために、ボムの指輪を届けに行かせたのだと・・・・。バロン王にだまされたことを知り、いいようのない怒りにまかされました。そんな時、村の隅っこに、リディアとリディアの母親がいたんです」

「・・・・・」

「母親は虫の息でした。ただ一言、『リディアを守って』と・・・・。僕はリディアを守ると決心しました。僕を恨んでもかまわない、許してくれなんていわない。ただ、守りたい。エゴかもしれないでしょうけど、僕はそう思いました。そして、バロン国を裏切ることを決心しました。・・・・『赤い翼』を率いて・・・・」

「そして、『青い翼』に追いつかれ、両方とも爆発したと・・・・」

「!!」


 驚嘆の色を浮かべてファブールを見る。


「数日前、ヤンに聞いたのじゃ。その様子をたまたま見えたと言っておったのでな」

「ヤン・・・・」


 まさか、あの場を見ていたとは驚くのも無理ないだろう。


 セシルの話を聞いたファブール王は思考にふけていた。
 一瞬のことかもしれない。
 しばしの沈黙が流れ、破ったのはファブール王だった。


「・・・・・・ヤン」

「はっ」


 ファブール王に呼ばれ即座に返事をするヤン。


「いつでも迎え撃つよう、配備しておけ。ただし、女子供は安全な場所へ避難しておくように」


「承知!」


 ヤンはファブール王の許可を得、後に控えている僧兵に伝言を伝えた。

 ファブール王に視線を向けるセシルに気づいたファブール王は口を開いた。


「そなたの言葉を信じよう。セシル殿、そなたにも力を貸してはくれぬか?」

「もちろんです。これは、僕の・・・いえ、僕らの戦いでもあるんです!」

「感謝する。その子は、召喚士だったな。救護の任についてくれぬか?」


 セシルの手を握るリディアはセシルに振り向いた。


「リディア、大丈夫だ。僕らは死なない。君は怪我をしている人たちを介抱してあげてほしい」

「うん・・・。わかった」


 本当は、セシルのそばにいたいのだろう。だが、まだセシルの力になれない自分をわかっているのか、自分を抑えてセシルの言葉に従った。


「では、私とセシル殿はこれより最前線へ赴きます」

「うむ。頼んだぞ」

「はッ、セシル殿、こちらへ!」


 ヤンとセシルは王の間を後にするが、セシルが出る間際にリディアに振り向いた。

 心配そうな表情だ。セシルは心配かけないように微笑んで見せた。
 セシルの笑顔に、リディアは「気をつけて」と、言っているようだった。だが、それを声に出すことはなかった。


 二人の心が通じ合っているようにファブール王はそう見えた。


 セシルたちが出て行った後も、リディアはしばらくそのまま閉じられた扉を見つめていた。
 そんな彼女を、ファブール王は何を思ったのだろうか・・・・。






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あとがき・・・

 やっとできました・・・・。

 第弐話です。

 この話はセシル・リディア・ヤンの三人だけ出てますね。

 ファブール国での王とセシルのやり取りって、こんなもんかなと思いましたけど、オリジナル部分が幾分が含まれていますね。でもでも、セシルがバロン国を裏切った理由がミストの件だけではないんですよね。

 セシルとヤンって親友なんですよ。ゲーム本編ではなかったけど、あくまでもオリジナルですからね。

 二人が親友になったきっかけは、いずれ外伝に出す予定です。(内容はほぼ決めてますが・・・)


 では、こんな駄文を最後まで付き合ってくれてありがとうございます。

 誤字、修正、感想、リクエスト等いただいてくださるとうれしいです。


H16.1.12 麓樹